
|
―― 母さん、産んでくれてありがとう!今、私は楽しく生きてるよ ―― こんなメールが届きました.今日は娘が生まれた日。。。 由利のHPを読んで下さっている大半の方は出産の経験があるのではない かと思います.確かに「案ずるより、産むが易し」とも言いますが、出産にはそれぞれ、たくさんのドラマがあったのではないでしょうか。。だって、命を産みだすんですよ。本当にすごいことですよね。 娘の妊娠には本当に多くの困難やトラブルがありました.22歳の時に「子供ができない体」と診断され、ホルモン治療をしていました。専門学校の卒業を控えた頃でしたね.脳髄液の異常で吐きつづけて39キロに痩せたからだが今度はホルモン剤の副作用で54キロになり、本当に辛かったですね.顔はまん丸。。(今も丸いって?^^;;)服はのきなみ着れなくなりました.体重はマラソンしたりして、なんとか44キロには戻りましたが、そんな治療を続けていましたから、娘を妊娠した時、本当に驚きました. そんな状態ですから妊娠に気が付かず、会社の健康診断でレントゲン検査を受けてしまい、妊娠初期にX線を浴びるなんてと、医師には「不注意だ!」と
叱られるし、前途多難な妊娠生活が始まりました.当時、主人は大学の4年生で、やはり、この妊娠は周りの人にもあまり望まれはしませんでした。 しかし、、、今度はものすごいつわりに襲われ、吐きすぎて目の回りの血管が切れて内出血するし、仕事中もほとんどトイレの中だし、またもや39キロになり、フラフラでした。(2年の間にこの体重の増減はすごいよ〜〜〜) 仕事場でも妊娠を隠していましたからたいへんでした。。。POPの仕事をしていたのですがマジックの臭いがたまらなくって毎日が地獄のようでした。(@。@) 安定期に入り、腹帯を巻き、こうなったら隠しておけるわけもなく、仕事先にも話しをして、それからしばらくの間は通常の仕事をする事が出来ました. 次ぎのアクシデントは8ヶ月の頃、検診で「赤ちゃんが育ってないから入院した方がいい」と告げられ、またもやショックでした..出産費用を貯めるにも仕事は行かなくちゃならないし、(準社員でしたから、有給とかそんなになかったので) 悩んだ結果、出来るだけ安静に心がけ、栄養もしっかりとるという条件で、入院はしませんでした。ママの料理はいつも本当に栄養を考えていてくれるのですが、もともと食が細かった私は二人分の食事をとることが出来なかったのです. そんな時に、一緒に生活していた大好きだったおじいちゃんが風邪をこじらせて肺炎で亡くなってしまったのです.妊婦は病院に来るなと言われ(感染したらいけないから)お見舞いにも行かせてもらえませんでしたが、「由利子のシュークリームが食べたい。。」という言葉に、一度だけ病院へ。。。それがおじいちゃんと会った最後でした.翌日、おじいちゃんは。。。。。。。。(やばい..泣けてきた) 9ヶ月に入り、かなりお腹がせりだして、机にぶつかってうまくPOPや看板が書けな くなりましたが、なんとか頑張って働きました.仕事をやめてからは、おしめを縫っ たり、色んなものを作りましたよ. 大学の卒業式を終えて、就職も山口のほうでしたから、主人は帰省しましたが由利は実家に残り出産を待ちました. そしていよいよ。。。。。 27日の晩からお腹が張り出して、28日の朝、なんと通勤電車にゆられて、病院に向かいました.(笑)だって、陣痛が来る度に顔をしかめているんですから、周りの人はドキドキもんだったんじゃないかな????結構、由利ってこう言うところが冷静で、そう簡単には産まれないぞ。。みたいな気持でしたからね.
陣痛室に入ったのがその晩の12時頃。そして、すぐに分娩台に乗せられましたが、 陣痛が弱くなってしまい、そのまま置き去り。。。く〜〜〜ここからが辛かったよ. 一時間おきくらいに様子を見に来てはくれるんですけど、腰は張り裂けそうだし、喉はカラカラだし..でも、これが又由利は、へんに我慢強いもんだから、「痛い!」って言葉を発しませんでした。それが、命とりになりそうだったんだけど。。。。 29日と言えば当時は「天皇誕生日」で祝日。当直の先生も、どちらかと言うと、
新人。で、由利があまりにも我慢しちゃっていたもんだから、産道に大きな血腫ができちゃったんです。朝になって担当の先生が来て内診。。「おい!!どうしてこんなになるまでほっておいたんだ!!!」と当直の先生を怒鳴り出すではありませんか。。。 生まれた瞬間。。。。。「でかい。。。」これが先生の最初の言葉でした(^^;; ; まだ、へその緒もきらずに、血のついたままの娘を胸に乗せてくれたときは本当に感激で。。感激で。。おっぱいを吸おうとするんですよ。。。すごいですよ。。今、産まれたばかりなのに。 体重3763グラム 身長49.5センチ。。。。。体重は標準をかなり越えてましたが身長は標準以下..ん〜〜〜〜〜やっぱでぶ??(笑)8ヶ月の時に育っていないと言われたけど、最後のあがき?で頑張ったのかな。 その、感動のシーンから一気に今度は、縫合の恐怖でしたね。出産の痛みは耐えなくちゃいけないって自分に言い聞かせてたけど、今度は安心したせいもあってか、痛いのなんのって。。だって、すっごくたくさん切られちゃったんだもん。ですから、抜糸もすごく痛かった!!!!! 長々と、出産に至るまでの話しを書いてしまいましたが、今思い出しても、やっぱり出産ってすごいことだなって思います. こんな難産のおかげで(?)、下の娘は超安産でした。お姉ちゃんの話しばかりで、 チビちゃんが最近ふきげんなので、今度は下の娘の話しもしましょうね。 子供の話しを始めたら、キリが無くなりそうです... あなたに出会えて嬉しかった。。。 現在時刻AM3:14.。。今はまだ陣痛で苦しんでいたんだな。。。。。。 |